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債務整理

時効完成後の一部弁済と時効援用権喪失

消滅時効完成後に債務の一部の返済をした場合は,債務者が時効完成の事実を知らなかったときでも,その後その時効の主張をすることは,信義則上,許されません(最判昭和41年4月20日)。しかし,債権者が,債務者に少額の支払いをさせて,事前に債務者の消滅時効の主張を封じようとしたケースで,時効の主張が信義則に反しないとした判例もあります(大阪高判平成27年3月6日)。

時効完成後の一部弁済と時効援用権喪失

事例

 Aさんは,以前,生活が苦しく,株式会社○☓ファイナンスという消費者金融から30万円の借金をしました。その消費者金融の借入限度額は30万円でしたが,Aさんは,給料日に返済をしては,生活費に回すため,すぐに借り入れを行うということを繰り返し,借金は一向に減ることはありませんでした。
 しかし,そうしているうち,Aさんの勤め先の会社が経営不振に陥り,Aさんの給料も減ってしまいました。そして,消費者金融の借金返済に回すお金もなくなり,返済が滞ったまま,長期間返済しないままの状態が続いてしまいました。
 ところが,最後の返済から9年半経ったある日,その消費者金融の社員が,Aさんの自宅に突然やってきました。消費者金融の社員は,Aさんに対し,「借金の額は元本30万円と遅延損害金70万円の合計100万円になるので,これを払ってほしい。支払われない場合は裁判を起こす。」などと言ってきて,Aさんの頭の中は真っ白になってしまいました。Aさんが,「今はお金を持ってない。」と伝えると,「全額払えないなら,とりあえず1万5000円で良いから支払ってほしい。」「家族がいるだろう。家族に払ってもらえ。」などと強い口調で迫られました。そうして,Aさんは,消費者金融の社員に,翌日,1万5000円を振り込むことを約束して,そのとおりにこれを振り込みました。
 Aさんは,これから残りの借金をどうやって払って行こうか,途方に暮れて,友人に相談してみたところ,友人から,「消費者金融の借金は,5年間で時効になることが多いと聞くよ。」と言われました。Aさんは,それだったら,自分の借金も時効だったのに,と思いましたが,既に1万5000円を支払ってしまっており,時効の主張はもうできないのかも,と考えています。
 Aさんは,借金の時効の主張ができる可能性はないのでしょうか。

この事例を聞いた花子さんの見解

 Aさんは,借金の時効の主張はできないと思います。時効期間は,既に過ぎているのかもしれませんが,やはり1万5000円を払ってしまっている以上,もう借金は消滅したと主張することは許されないように思います。

この事例を聞いた太郎さんの見解

 私は,Aさんは,借金の時効の主張はできると思います。Aさんは,時効期間が過ぎている事実を知らなかったわけですし,時効を主張できないとなると,Aさんが余りにかわいそうに思うので,何とか救ってあげてほしいな,と思います。

弁護士の見解

 今回のケースでは,Aさんは,借金の時効の主張ができる可能性があると思います。
 民法では,債権の消滅時効は10年間とされていますが(民法167条1項),これは商法で一部修正されており,株式会社が当事者になる債権の消滅時効は,5年間とされています(商法522条)。
 もっとも,これらの消滅時効完成後に債務の一部の返済をした場合は,裁判例上,債務者が時効完成の事実を知らなかったときでも,その後その時効の主張をすることは,信義則上,許されないとされています(最判昭和41年4月20日)。

花子さんの質問

 そうだとすると,なぜ,Aさんは,借金の時効の主張ができる可能性があるんでしょうか。

弁護士の説明

 この時効の主張が許されないとした裁判例は,あくまで「信義則」を理由にしているんです。
 実は,この「信義則」に反するか否かの判断は,個々のケースにおける個別的具体的事情を総合的に考慮してなされるべきもので,ケースによっては時効の主張が「信義則」に反しない,ということもあり得るんです。
 今回のケースでは,消費者金融の社員は,Aさんが消滅時効に関して法的に無知であることや,突然訪問されて高額の支払請求を受けたためにAさんが困惑し動揺していることに乗じて,わずかな金額でも早急に支払わなければならない心理状態にさせようとしていると思われます。そして,当初から,Aさんに少額の支払いをさせて,事前にAさんの消滅時効の主張を封じようという意図のもとに,取り立てが行われた疑いが濃いと思われます。
 このような状況下では,Aさんの時効の主張が,信義則に反しないとされる可能性があり,これと同様な判断をした裁判例もあるんです(大阪高判平成27年3月6日)。
 ただし,借金の一部の返済をした場合の消滅時効の主張については,あくまでケースバイケースの判断になりますので,詳しくは,弁護士に相談されることをお勧めします。

※本記載は平成30年3月21日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。なお,本記載は令和2年4月1日の改正民法施行前の条項を前提にしています。

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