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交通事故

交通事故と相殺

お互いに,相手に対してお金を払ってもらう権利がある場合に,お互いの権利を同じ額だけ消滅させることを,「相殺」(民法第505条第1項)といいます。しかし,交通事故から生じた相手方の怪我による損害賠償請求権を消滅させようという場合には,相殺を行うことはできません(民法509条,新民法509条2号)。双方の損害賠償請求権が同一事故から生じている場合も同様とされています(最判昭和49年6月28日)。

交通事故と相殺

事例

 Aさんは,ローンの返済に困っていたことから,隣に住んでいる親戚のBさんから100万円を借りていました。
 ある日,Bさんが車で自宅に帰ろうとしていたときに,Bさんは道を歩いていたAさんに気付かず,Aさんを車ではねてしまいました。Aさんはすぐに病院に入院し治療を行いましたが,治療には100万円を超える費用がかかってしまいました。
 Aさんは,Bさんに,治療にかかったお金を自分に渡してくれるように請求したところ,Bさんは,以前に貸した100万円も返してもらう目途が立っていないため,100万円を超えた部分の支払いしかできないとAさんに対して伝えました。
 BさんはAさんの請求を拒絶することが出来るでしょうか。

この事例を聞いた花子さんの見解

 Aさんは,お金を受け取ったとしても,結局それをBさんに返さなければならないので,BさんはAさんにお金を渡す必要はないと思います。

この事例を聞いた太郎さんの見解

 Aさんは,確かにBさんにお金を返さなくてはいけませんが,事故の直後で治療費が早急に必要になっている状態ですので,BさんはAさんにお金を渡す必要があると思います。

弁護士の見解

 今回のケースでは,BさんはAさんにお金を渡す必要があると思います。
 お互いに,相手に対してお金を払ってもらう権利がある場合に,お互いの権利を同じ額だけ消滅させることを,法律上「相殺」(民法第505条第1項)と言います。この相殺は,自分から相手方に主張することで一方的に行うことができます。
 しかし,一定の場合には相殺を行うことが禁止されているんです。今回のように,交通事故から生じた相手方の怪我による損害賠償請求権を消滅させようという場合には,相殺を行うことはできません(民法509条)。
 法律では,交通事故で被害にあったような方には,現実にお金を渡して損害を回復させるべきであると考えられていることから,このような場合に相殺が禁止されているんです。
 なお,2020年(令和2年)4月1日施行の改正民法では,交通事故から生じた相手方の物損による損害賠償請求権のような場合については,原則として相殺を可能とし,例外的に「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」の請求を受けている場合(新民法509条1号)や「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」の請求を受けている場合(新民法509条2号)のみ相殺を禁止することとしました。このような改正民法を前提としても,今回のように,交通事故から生じた相手方の怪我による損害賠償請求権を消滅させようという場合に,相殺を行うことができないという点は変わりありません。

太郎さんの質問

 それでは,例えば,今回Aさんも車を運転していて,同じ交通事故でAさんもBさんに対して同額の損害を賠償しなければならない場合には,それぞれの損害賠償の権利を相殺するといったことはできるのでしょうか。

弁護士の説明

 そのような場合であっても,相殺をすることは認められていません(最判昭和49年6月28日)。同一の交通事故から損害が生じた場合であっても,現実に損害を回復させる必要があることは変わらないと,考えられているからです。
 しかし,実際には,同一の交通事故のケースに限って言えば,煩雑さを避けるために,双方当事者で相殺を合意して処理することは多いとはいえます。

※本記載は令和元年6月1日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。

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