損害賠償請求にあたっては,被害者側にも過失があれば,その過失部分を損害額から減額する「過失相殺」という制度が定められています(民法722条)。そして,裁判例上は,被害者側の過失には,被害者本人と身分上生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失も含まれるとされており,夫婦,内縁関係にある男女などの財布が一つといえる関係の場合がこれにあたるとされています。
事例
Aさんはドライブが趣味であり,ある日,奥さんのBさんと一緒に,少し遠くまでドライブに出かけていました。しかし,BさんはAさんと違い,そこまで車に興味が無く,ドライブをしているうちにいつの間にか助手席で眠り始めてしまいました。
一方,久々のドライブで喜んでいたAさんは外の景色を眺めながら運転をしていましたが,Cさんの運転する車が近づいてくるのに気付かず,Cさんの車と接触事故を起こしてしまいました。なお,保険会社による事故後の調査では,事故の際にCさんもわき見運転をしており,AさんとCさんの過失割合はそれぞれ5割ずつであるということでした。
事故の衝撃で,助手席にいたBさんはむち打ち症になってしまったことからCさんに対して損害賠償請求をしたいと考えていますが,BさんはAさんの過失と関わりなく,損害の全額をCさんに対して請求できるでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
BさんはAさんの運転ミスとは何も関係が無いので,Cさんには全額の損害賠償が出来ると思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
今回の事故では,AさんもCさんもBさんに対して同じだけの過失があるのに,BさんがCさんに全額を請求するのはおかしいと思いますから,Aさんの過失の分だけ賠償額が減額されると思います。
弁護士の見解
今回のケースでは,BさんのCさんへの損害賠償請求の際,Aさんの過失の分だけ賠償額が減額されると思います。
民法には,「過失相殺」といって,損害賠償請求にあたり,被害者にも過失があれば,その過失部分を損害額から減額する制度が定められています(民法722条)。そして,裁判例上は,過失相殺の理念を,不法行為によって生じた損害を加害者と被害者の間で公平に分担させるためのものであると捉えていて,被害者側の過失には,被害者本人と身分上生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失も含まれるとしています。
花子さんの質問
その「身分上生活関係上一体をなす」というのは,具体的にはどういう意味なんですか。
弁護士の説明
裁判例では,「内縁関係にある男女」について身分上生活関係上の一体性が肯定されたものがある一方で(最判平成19年4月24日),「保育園の保母さんと引率されていた園児」について否定されたもの(最判昭和42年6月27日),「職場の同僚」について否定されたもの(最判昭和56年2月17日)があります。これらの裁判例によれば,被害者との間に財布を1つとしている経済的一体性が認められるか否かが,身分上生活関係上の一体性を判断する1つの判断基準となっていると思われます。
そして,今回のケースのような「夫婦間の関係」は,まさに財布を1つとしている経済的一体性が認められるケースですので,身分上生活関係上の一体性が認められるのが通常です。したがって,今回のBさんのCさんへの損害賠償請求に際しても,Aさんの過失が考慮され,Aさんの過失の分だけ賠償額が減額されると思います。
ちなみに,夫のAさんが任意保険に入っていたとしても,自動車保険普通保険約款第1章5条2号,3号対人賠償保険の約款「保険金を支払わない場合」では,
「当会社は,対人事故により次のいずれかに該当する者の生命または身体が害された場合には,それによって被保険者が被る損害に対しては,保険金を支払いません
②被保険自動車を運転中の者またはその父母,配偶者もしくは子
③被保険者の父母,配偶者また子」
とされており,通常,運転手の夫であるAさんが妻であるBさんをケガさせても任意保険の対人賠償保険は支払われません。
太郎さんの質問
今回のようなケースでは,賠償額が減額されることになるということですが,「身分上生活関係上の一体性」の無いケースはどうなるんでしょうか?
弁護士の回答
被害者と加害者の間に身分上生活関係上の一体性などの特殊な関係が無い場合には,法律上,被害者はどちらの加害者に対しても生じた損害額の全額を請求することが出来ます(民法719条第1項)。ただし,これは二重に損害額を請求して2倍の額を回収できるという意味ではなく,被害者に生じた損害額の総額の範囲内でどちらの加害者から回収しても良いという意味にとどまりますので,注意して下さい。
※本記載は令和元年9月7日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。