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一般民事・商事・家事事件

意思表示の到達

民法では,離れたところにいる人に手紙で申込みをするような場合には,原則として手紙が相手に到達したときから申込みの効力が生じるものとされています(民法第97条,到達主義)。これに対し,申込みを受けた人が契約の成立を手紙で承諾する場合には,2020年4月1日施行以前の旧民法によれば,手紙を出した時点で契約の成立を承諾したものとされ,契約が成立します(旧民法第526条第1項,発信主義)。他方で,2020年4月1日施行以後の新民法では,この旧民法第526条第1項は削除され,原則どおり相手方に承諾の意思表示が到達したときに契約が成立することになりました(新民法第97条,旧民法第526条第1項削除,到達主義)。

意思表示の到達

事例

 Aさんは絵画の収集を趣味にしており,現在,とある絵をどうしても入手したいと考えています。ある日,絵画に詳しい人たちの会合で,AさんがBさんとその絵の話をしたところ,AさんはBさんから,Bさんの知人のCさんがAさんの欲しがっている絵を持っていることを知りました。
 そこで,AさんはCさんに,Cさんが持っている絵を100万円で売って欲しいので,いつでもいいので返事が欲しい旨を丁重に手紙に書き,Cさんに送りました。
 手紙を受け取ったCさんは,悩んだ末に100万円で売っても構わない旨を手紙に書き,Aさん宛に返事を出しましたが,その手紙は運悪く配達途中に盗難に遭ってしまい,Aさんに届くことはありませんでした。
 AさんはCさんから返事が届くのを待っていましたが,その間に,他の人から50万円で絵を売っても構わないという話があったため,出来れば購入をキャンセルしたい旨を手紙に書きCさんに出しました。そうしたところ,Cさんから,今回手紙をもらって以前の手紙が盗難にあったことを知ったが,一度承諾の返事を出した以上,やはり絵は買ってもらいたい旨の返事が届きました。
 AさんはCさんから絵を購入しなければならないでしょうか。

この事例を聞いた花子さんの見解

 AさんとしてはCさんから回答をもらうまでは契約は成立しないと思っているはずなのに,いきなり契約が成立したといわれると不意打ちになるので,契約は成立しておらず,絵を購入する義務はないと思います。

この事例を聞いた太郎さんの見解

 実質的にはCさんが承諾した旨の手紙を出したときに,両者の間で合意があったように思えますので,契約は成立しており,Aさんは絵を購入しなければいけないと思います。

弁護士の見解

 今回のケースでは,2020年4月1日施行以前の旧民法によれば,AさんはCさんから絵を購入しなければならないのですが,2020年4月1日施行以後の新民法によればAさんはCさんから絵を購入する必要はない,と思います。
 民法では,離れたところにいる人に手紙で申込みをするような場合には,原則として手紙が相手に到達したときから申込みの効力が生じるものとされています(民法第97条,到達主義)。これに対し,申込みを受けた人が契約の成立を手紙で承諾する場合には,旧民法では,手紙を出した時点で契約の成立を承諾したものとされ,契約が成立するとされていました(旧民法第526条第1項,発信主義)。このような規定があった理由は,郵便が主な通信手段であった旧民法成立当時に,なるべく早く契約を成立させることが取引において合理的であると考えられたことによるんです。しかし,通信手段・連絡手段が発達した現在の社会状況を考慮し,新民法ではこの旧民法第526条第1項は削除され,原則どおり相手方に承諾の意思表示が到達したときに契約が成立することになりました(新民法第97条,旧民法第526条第1項削除,到達主義)。
 従って,今回のケースでは,旧民法によれば,AさんとCさんの絵を100万円で売買する契約は成立していると考えられ,AさんはCさんから絵を購入しなければならないのですが,新民法によれば,AさんとCさんの絵を100万円で売買する契約は成立していないと考えられ,AさんはCさんから絵を購入する必要はない,と思います。

花子さんの質問

 旧民法のように,承諾の通知がAさんに届かなくても契約が成立するのでは,Aさんはいつまでたっても契約が成立しているのかどうかが分からず不安定な立場におかれるのではないでしょうか。

弁護士の回答

 旧民法を前提とした場合,Aさんとしては,あらかじめ申込みにあたって,承諾の期限を設けておくべきだったと思われます。Aさんが承諾の期限を設けていた場合には,今回のケースのようにCさんからの承諾の返事がAさんに届かなければ,契約は成立しないとされています(民法第521条,到達主義)。したがって,この場合,期限を過ぎてもCさんからの手紙が届かなければ,Aさんは契約が成立していないと主張することができるんです。

太郎さんの質問

 ちなみに,Eメールのケースで,添付ファイルのデータ量が大きすぎてエラーで返ってくるケースもありますが,そういうケースでも,旧民法では契約が成立してしまうのでしょうか?

弁護士の説明

 Eメールで契約の承諾通知がされた場合は,電子契約法という法律で,承諾の通知が発信された時点で契約が成立するという旧民法の規定の適用が排除され,Eメールが到達した時点で契約が成立することになります(電子契約法4条)。
 したがって,Eメールが到達していない以上,契約は成立しないと思います。

※本記載は令和元年10月5日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。

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