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相続

遺産分割協議後の相続放棄

遺産分割協議を行った後は相続放棄ができないのが原則であり(民法921条1号),また,相続放棄は,相続が開始したことを知った時から3ヵ月以内にしなければなりません(民法915条1項)。しかし,一部の相続人に遺産の全部を取得させる遺産分割協議がなされた後,予期に反する多額の相続債務があったことが判明した場合には,例外的に相続放棄が認められる可能性があります(大阪高決平成10年2月9日)。

遺産分割協議後の相続放棄

事例

 Aさんの父は重い病気を患い,病院に入院して懸命の治療を受けていましたが,とうとう亡くなってしまいました。父が亡くなる日,Aさんの母や長男であるAさんの兄と一緒にAさんも病院に行き,父の最期を看取りました。
 父には,Aさんもその存在をよく知っていた2件の土地建物があり,父が亡くなって4ヵ月経ったころに相続人である母,兄,Aさんの3人で遺産分割協議書を作成し,母が1件の土地建物を取得し,長男である兄がもう1件の土地建物を取得して,Aさんは全く財産を取得しないという内容の遺産分割協議をして,それらの土地建物の所有権移転登記も完了しました。
 そうしたところ,父が亡くなって5ヵ月ほど経ったころにAさんは金融機関から呼び出しを受け,父がAさんの兄が経営する会社の連帯保証人となっており,500万円を超える残債務があることを知らされました。Aさんはこれに驚き,兄から事情を聞くなどして直ちに調査した結果,その金融機関以外の別の金融機関にも相続債務として4000万円を超える連帯保証債務があることを知りました。
 Aさんは,これらの父親の連帯保証債務を相続しなければいけないのでしょうか。

この事例を聞いた花子さんの見解

 たしかにAさんは父親の連帯保証債務を相続することになるのかもしれませんが,相続を放棄することができると聞いたことがありますので,Aさんは相続放棄をすれば,父親の連帯保証債務を相続しなくてもよいのではないでしょうか。

この事例を聞いた太郎さんの見解

 相続放棄は,3ヵ月以内にしなければいけないとか,相続財産を処分してしまった後はできないとかいった色々な制約があると聞いたことがあります。既にAさんの父が亡くなってから3ヵ月は過ぎてしまっていますし,Aさんは,遺産分割協議もしてしまっているので,父親の連帯保証債務を相続しなければならないのではないでしょうか。

弁護士の見解

 Aさんは,父親の連帯保証債務を相続しなくてもすむ可能性があります。
 Aさんは,相続放棄(民法938条以下)をすることが考えられます。ただし,相続放棄というのは,相続が開始したことを知った時から3ヵ月以内にしなければなりません(民法915条1項)。つまり,Aさんは父の最期を看取っていて,その時点で父の死亡を知っていますので,父が亡くなってから3ヵ月以内にしなければならないということになります。今回のケースでは,Aさんの父が亡くなってからすでに5ヵ月ほど経っていますので,相続放棄はできないようにも思われます。
 また,相続放棄は,相続放棄と矛盾する行為とされる法定単純承認事由である「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。」には,もはやすることができないとされています(民法921条1号)。つまり,Aさんは既に遺産分割協議を行ってしまっており,相続財産を処分したとして,この意味でももはや相続放棄はできないようにも思われます。
 例外的に救済を認められる場合として,相続財産が全く存在しないと信じたことに相当な理由がある場合には,相続財産の全部または一部の存在を認識したときか通常認識できたときから3ヵ月以内であれば相続放棄をすることができるという代表的な最高裁判例はありますが(最判昭和59年4月27日),この判例は遺産分割協議がなされた点については射程外ですし,3ヵ月の熟慮期間の点についても,今回のケースは,プラスの財産である2件の土地建物の存在は相続開始の当初からAさんも認識した上で,遺産分割協議をしている事例ですので,この最高裁判例での救済もできないことになりそうです。

太郎さんの質問

 では,なぜAさんは,父親の連帯保証債務を相続しなくてもすむ可能性があるのでしょうか。

弁護士の見解

 遺産分割協議は法定単純承認事由に該当するというべきですが,相続人が多額の相続債務の存在を認識していれば当初から相続放棄の手続を採っていたものと考えられ,相続放棄の手続を採らなかったのが相続債務の不存在を誤信していたためであって,被相続人と相続人の生活状況や他の共同相続人との協議内容によっては,この遺産分割協議が要素の錯誤(民法95条)により無効または取消し得るものとなり法定単純承認の効果も発生しないと見る余地があると思います。そして,このような場合には,相続放棄の3ヵ月の熟慮期間も,相続人が被相続人の死亡を知った日から起算するのではなく,被相続人の相続債務の存在を知った日から起算すべきと考えます。
 今回のケースでは,Aさんは法定単純承認事由に該当する遺産分割協議をしてしまっていますが,そもそもこの遺産分割協議の中ではAさんは全く財産を取得しない内容となっていたわけですから,父が多額の連帯保証債務を負っていることを知っていれば,わざわざ遺産分割協議をするのではなく,当初から相続放棄の手続を採っていたものと考えられ,Aさんが相続放棄の手続を採らなかったのは相続債務の不存在を誤信していたためであると考えられます。したがって,この遺産分割協議は要素の錯誤により無効または取消し得るものとなり法定単純承認の効果も発生しないと考えられます。そして,既に父が亡くなってから5ヵ月ほど経過してはいるものの,Aさんが金融機関から父の連帯保証債務の存在を伝えられてから3ヵ月は経過していないでしょうから,まだAさんは相続放棄が可能だと思います。
 今回のケースと類似のケースについて,遺産分割協議により何も財産を取得しなかった相続人による相続放棄を認める内容で上記と同旨の判断をした裁判例もあるんです(大阪高決平成10年2月9日)。また,実務上,今回のAさんのように,父が亡くなってから数ヵ月程度経過した時点で相続放棄する場合ではなく,被相続人が亡くなり遺産分割協議をしてから数年経過した後に被相続人の債権者より支払請求の通知が届いたようなケースでも,相続放棄の申述は受理されています。

※本記載は令和3年1月15日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。

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