民法では「詐害行為取消」という制度が定められていて,債務者が債権者を害することを知って行なった法律行為は取り消すことができるとされています(民法424条)。そして,判例上,遺産分割協議は,詐害行為取消の対象となるとされており(最判平成11年6月11日),他方で,相続放棄は身分行為であるとして,詐害行為取消の対象にはならないとされています(最判昭和49年9月20日)。
事例
Aさんは,Bさんに対して,300万円を貸していましたが,Bさんの生活が苦しいということで,なかなか返してもらえませんでした。
Bさんは,父・母との3人家族でしたが,この度,Bさんの父が亡くなりました。父の遺産として実家の土地建物があったため,Aさんとしては,この実家を売ってでも300万円を返してもらいたいと思っていました。しかし,Bさんは,自分が実家を相続しても,自分の債権者であるAさんに取られてしまうだけだと思い,母と相談のうえ,実家を全て母に取得してもらうことにして,母との間で遺産分割協議書を取り交わしました。
Aさんは,300万円を回収するために,Bさんの実家を差し押えて競売にかけることはできないのでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
Bさんの実家の不動産は,遺産分割協議の結果,全てがBさんの母親のものになったので,Aさんがこの実家の売却代金から300万円を返してもらうことはできないと思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
Bさんが,借金を取り立てられないようにするために,本来であれば自分も相続する権利のある不動産を,母親に全て相続してもらうようにするというのは,お金を返してもらえないAさんにとって不利益が大きすぎると思います。ですので,Aさんは,Bさんの実家を競売するなどして300万円を回収することができると思います。
弁護士の見解
このケースでは,Aさんは,Bさんの実家を差し押さえできる可能性が高いと思います。
民法では「詐害行為取消」という制度が定められていて,債務者が債権者を害することを知って行なった法律行為は取り消すことができるとされています(民法424条)。つまり,Aさんが,BさんとBさんの母親との間で取り交わされた遺産分割協議を取り消して,実家の不動産の半分についてはBさんのものであるということにしたうえで,その不動産を差し押えることができるんです。そして,判例は,遺産分割協議は,詐害行為取消しの対象となるとしているんです(最判平成11年6月11日)。
今回のケースでは,Bさんには多額の借金があって返済が困難であるという状況で,実家の不動産を債権者であるAさんに取られたくないという理由で,母に遺産を取得してもらっています。このケースの遺産分割協議は債権者であるAさんを害する行為にあたると考えられます。よって,Aさんは,遺産分割協議を取り消すことができる可能性が高いと思います。
花子さんからの質問
住んでいる実家を競売して,Bさんの借金の返済に充てられてしまうと,Bさんのお母さんとしては困ると思いますが,お母さんのためにこの不動産を残す方法はないのでしょうか。
弁護士の回答
Bさんとしては,相続によって実家不動産を取得しないために,相続放棄をする方法があります。判例では,相続放棄は身分行為であるとして,詐害行為取消の対象にはならないと判断されています(最判昭和49年9月20日。多数説も判例と同じであるが,判例の事案は被相続人の債権者による取消の事例であり,相続人の債権者による取消については肯定する説も有力。)。相続放棄は,相続の開始があったことを知った時から3か月以内という期間制限がありますので,被相続人に借金がある場合だけではなく,このケースのように相続人に借金がある場合にも,期間内に相続放棄するか否かを考える必要があります。
また,Bさんは,父親が亡くなる前から借金の支払いが難しい状態だったというのであれば,父親が亡くなる前に裁判所に破産申立をして,相続が開始するまでに,借金の責任を免除してもらう決定を得ておくという方法も考えられます。
※本記載は平成31年1月5日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。