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相続

遺言の撤回

遺言を撤回するには,遺言の方式に従わなければなりません(民法1022条)。しかし,遺言書を作成した人が,遺言を残すのをやめようと考えて遺言書の文面全体に斜線を引いた場合には,故意に遺言書を破棄(民法1024条前段)したと考えられることから遺言は撤回したものとみなされます(最高裁平成27年11月20日判決)。

遺言の撤回

事例

 Aさんは妻を2年前に亡くし,現在長男であるBさん夫婦と暮らしています。Aさんには次男であるCさんもいますが,Aさんは同居しているBさんに自分の財産を多く相続させたいと考えて,自分で遺言書を作成しました。しかしながら,AさんはBさんに多くの財産を相続させる旨の遺言を残すことで兄弟の間に亀裂が入ってしまうことを懸念して,その遺言を残すのをやめようと考え直しました。そこで,Aさんは自ら作成した遺言書の全体に左上から右下まで定規を使って斜線を引いてそのまま自分の机の中に入れていました。
 それからしばらくしてAさんが亡くなると,BさんはAさんの机の中から斜線が引かれた遺言書を発見し,Cさんと相続について話し合いをすることにしました。
 Cさんは斜線が引かれているのだから遺言は撤回されていて半分ずつAさんの財産を相続するべきだと主張しました。しかしながら,Bさんは遺言を撤回するためには決められた方式に則って撤回しなければならないと聞いたことがあるのでAさんが残していた遺言は撤回されていないのではないかと考えています。
 Aさんの遺言は撤回されたことになるのでしょうか。

この事例を聞いた花子さんの見解

 どのように自分の財産を相続させるのかはその人の自由だと思います。Aさんが遺言を残すのをやめようと考えて斜線を引いている以上,決められた方式はあるかもしれませんが,遺言は撤回されたと考えていいのではないでしょうか。

この事例を聞いた太郎さんの見解

 たしかにAさんは遺言を残すのをやめようと斜線を引いていますが,遺言を撤回するのであれば,遺言書を燃やしてしまったり,決められた方式に則って撤回をするべきだったと思います。それをAさんはしていないのですから遺言が撤回されたとは考えられないのではないでしょうか。

弁護士の見解

 今回のケースでは,Aさんの遺言は撤回されたと考えられます。
 たしかに,遺言を撤回するには,遺言の方式に従わなければなりません(民法1022条)。つまり遺言を撤回するという新たな遺言書を作成する必要があります。しかしながら,遺言書を作成した人が故意に遺言書を破棄したときには遺言を撤回したものとみなされます(民法1024条前段)。
 今回のケースでは,Aさんは遺言を残すのをやめようと考えて遺言書の文面全体に斜線を引いています。そのため,Aさんは遺言書に記載されている遺言のすべての効力を失わせる意思であったといえると思います。そのため,Aさんは故意に遺言書を破棄したと考えられることから遺言は撤回したものとみなされます(最高裁平成27年11月20日判決)。

太郎さんの質問

 これが遺言書の全体ではなく,一部にのみ斜線が引かれていた場合も一部だけ撤回したと考えることができるんですか。

弁護士の説明

 一部にしか斜線が引かれていない場合は,遺言書の破棄ではなく,遺言書の変更であると考えられる可能性があります。
 自分で作成した遺言書の変更にあたると考えられる場合,その変更のためには厳格な方式が定められていて(民法968条2項),その方式を守らないとその変更は無効となって変更前の遺言が有効になると考えられています。つまり,斜線を引く前の遺言が有効であると考えられてしまいます。
 説が分かれているところではありますが,一般的には元の文字を判読できる程度の抹消であれば,遺言書の破棄ではなく,変更であると考えられています。斜線を引く程度であれば,元の文字を判読することは可能です。そのため,全体に引かれているのであればともかく,斜線を引かれている部分の内容や割合などにもよると思いますが,一部にしか斜線が引かれていないということであれば,遺言書の変更と判断されることも十分に考えられます。
 ですので,遺言を撤回したいと思えば,遺言書自体を燃やしてしまうなどして形として残らないようにするか,新たな遺言書を作成するなどすべきだと思います。

※本記載は令和元年6月22日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。

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